FC2ブログ

2018-09

人生は一枚の葉っぱのようなもの ①

<人生は一枚の葉っぱのようなもの>

人間も、この世に生まれ、育ち、親になり、死んで、この世を去っていくわけですが、それは、大きな目で見れば、ちょうど植物の葉っぱのようなものなのです。

木は冬の間は枯れていて、まったく兆候がないのに、春先になると芽吹いてきます。芽吹いたかと思うと、四月、五月に、バーッと若葉が出てきます。さらに、六月、七月には、たくさん葉っぱが茂ってきます。雨をたくさん吸収し、炭酸同化をして、栄養を木の幹のなかに取り入れていきます。そして、秋になると、葉っぱは変色し、赤くなり黄色くなって、散っていきます。

死は悲しいように見えるかもしれませんが、葉っぱが散っていく姿と変わらないのだということです。「諸行無常」の思想とは、そういうものです。木の葉が散っていくように、人間も、やがて死にます。
どのような人でも必ず死にます。

絶対に外れない予言は、赤ちゃんが生まれたときに、「この子は必ず死ぬ」という予言をすることです。これは間違いなく当たります。外れようがありません。どのような人でも必ず死にます。この世から見れば残念だけれども、必ず死ぬのです。

              

私は「ああだこうだ」言うけどまだ覚悟が出来ていません(>_<)

そして死は、ある日突然にやってきます。

人間は平均的には80歳~85歳位の年齢で死ぬことになっていますが、個人差はさまざまです。小さいうちに死ぬ人、小学生で死ぬ人もいれば、中学生、高校生で死ぬ人もいるし、年を取り、八十歳を過ぎてから死ぬ人もいて、いろいろです。

ただ、死は、ある日突然にやってくるのです。 大勢の人々の、死後の姿を見るにつけても、「ああ、ほんとうに、心の準備ができていなかったのだなー」ということを、つくづくと思います。

そもそも、死後の世界があること自体を知らない人、認めていない人が大多数ですから、まったく準備のしようもありませんが、死は突然に来るのです。そのときに、地上に執着し、自分の家に執着し、会社に執着し、家族に執着しても、もう、どうにもなりません。 「必ず死ぬ」ということについては、覚悟しておいたほうがよいわけです。               

 ★私は別に幸福の科学の信者ではありませんがこれには納得です。


«  | HOME |  »

プロフィール

misatoism

Author:misatoism
●ミサト化成株式会社
会長 村上勇
●「凄腕のビジネスマン」になれ!
●「これだけは誰にも負けない」というものがありますか?
(ピーター・ドラッカー)
●政権交代前夜の思い

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

リンク

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード