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2012-07

テレビの前で「小沢一郎」をあしざまにののしる「石原慎太郎」

小沢にコテンパンにやられた過去(23年前)

1989年7月、自民党の参議院選挙惨敗と女性スキャンダルの責任を取り、当時の宇野宗佑首相が退陣を表明。
石原は若手議員に推されて、翌月の自民党総裁選に名乗りを上げた。対立候補の海部俊樹には出身派閥の河本派に加え、党内最大派閥の竹下派、安倍派、旧中曽根派が相乗り。もう一人の林義郎は、宮沢派と二階堂グループが支えた。

石原は「アンシャンレジューム(旧体制派)対 ルネッサンス(改革波)の対決」と息巻いたものの、投票結果は

海部  279
林   120
石原  48

石原は大惨敗に終わった。

「古い自民党では『総裁候補の』メンツを守るため、最大派閥がある程度の票を回して、“泡沫”の印象を払拭させたものです。ところが、この時の石原氏は一切ゲタをはかせてもらえず恥をかかされた」。

当時、竹下派の事務総長として総裁選の舞台回しを務めたのが小沢だった。小沢は海部内閣発足後には47歳の若さで幹事長に抜擢された。逆に石原氏は入閣も果たせず、党の亜流を歩むきっかけとなった。

「この時の屈辱というか、逆恨みが小沢憎しの原点とみて間違いありません」(自民党古参秘書)

人はそのときの怨念を簡単には忘れることはできません。小沢は人前でも石原の悪口は決して言いませんが、
石原慎太郎がなぜあそこまでテレビの前で小沢をあしざまに言うのか?
23年前の遺恨を引きずっていると言われても仕方がありません。

(日々坦々資料ブログから)

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